2.人事を尽くした医療とは

助けられるはずの心筋梗塞で、
山田さんが亡くなった後、
私はそのときやっていた治療戦略を見直し、強化しました。

心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中)なんてのは、
危険因子を厳しく管理しただけで相当発症率が減らせます。
血圧も血糖値もコレステロール値も、みんな適正値をキープし、
発症率を下げてやろうと、厳格にコントロールしました。

細胞内の分子機序も考慮して、良いと思われる治療は全部加えて、
さらに心臓以外の臓器合併症の検索・装置治療も念入りに行いました。

そんなフルコースのテンコ盛り治療、悪くはなかったと思います。
しかし、病院の中だけでいくら頑張っても、やっぱりどこか後手に回っている感がありました。

何故なら、既に病気を発症して病院に来た時点で後手に回っているからです。

人生のメインステージは病院じゃなく”家”です。
入院して毎日医者に会っていても、退院したら通院は月一ぐらいになります。
病院や医師と関わる時間なんて、人生のごく限られた時間です。

しかし、人体の生命活動はずっと続いてるし、
病気は、病院に来る前までにじわりじわりと進行しています。

どうせなら、病院に来る前、”家”にいるときから手を打ちたい。
なんとかして、もっと早く病気にアプローチできる方法ってないだろうかと考えました。

といっても、医療の現場は病院です。
当時、私のような下っ端の内科医は病院以外で仕事したことはありませんでした。

現実的に、
昔ながらの職場健診や、行政や医師会の啓蒙活動ぐらいしか、
予防の手だてはないのだろうか?と思いました。

医療技術は、時代によって大きく変わります。
昔は助からなかったけど、今は助かる病気もあれば、
今は治療法がなくとも、将来は治せる病気もあるでしょう。

しかし、時代によらず現場の医療従事者が追求すべきは、
その時にできうる最善の手だて、すなわち”人事を尽くした医療”です。

“人事を尽くす”
その”人”とは一体誰のことを指しているのでしょうか?
“事(医療)”の主語である”人”とは、医師や看護師等の医療従事者じゃなきゃいけないのでしょうか?

そんなわけありません。
目の前で人が倒れる場面に出くわしたら、
自分が医者だろうがなかろうが助けるに決まってます。

“医療”というと、病院で行う専門的な検査や治療というイメージがあります。
でも、本来の医療はきっと衣食住に並ぶくらい、もっと身近なはずです。

転んだ子どもの膝にバンソウコウを貼ってあげるのも、
風邪で寝込んだ夫や妻にお粥をつくってあげるのも、
広く言えば医療です。

目の前にいる大切な人をケガや病気から守りたい。
好きな人にはずっと元気でいてもらいたい。

そんなシンプルな気持ちが、きっと医療の原点なのだと思います。

日常を共に過ごす家族や身近な人々こそ、医師の手の届かない命を救えるはず。

“人事を尽くした医療”とは、病院の中も外も巻き込んだ医療だと思います。

専門的な医療行為というわけではなく、ただ目の前の命に手を差し伸べる。
家族も友人も職場の同僚も、身近な人は誰でも医療チームの一員なのです。

医師の手の届かない病院の外で、命(Vital)をつなぐのは、
日常を一緒に過ごす家族(family)や職場の同僚(company)です。

Vital + “y”(family,company)=Vitaly

命がつなぐ家族や身近な人々が医学を学ぶための医学ポータルサイトとして、Vitalyは始まりました。

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